ドリーミング@四季劇場秋
やっぱり気になって2度目に行ってきましたのが今月あたま。それにつけても客席がさびしいわね(爆) だから行っちゃうのよ(。>0<。)(苦笑) なんというか、自由劇場で上演すればいいのにね。
舞台機構のレベルは同じなんだし。
なぜこのタイミングで上演を決めたのかがよくわからないのですが。まぁわかる必要もないのだけれども![]()
「コーラスライン」と「ドリーミング」の上演を少しずらして、自由劇場でやればそこそこになったのかななんて、よけいなお世話ですね。
先日見たときの、なんというかもったり感は払拭されました。
1幕が終わるのがとても早く感じました。
しめる役の人がきちんと「立つ」と、こうも変わるのかと感服したしだいです。
「精たちの登場」シーンでは、楽しさいっぱい! お砂糖と火はもっとコミカルさが出てもよいかと思います(^^) 特にこのあとの猫vs犬のシーンでは、それぞれのキャラクターをもっと強調した方がより楽しさが増すんですよね。
チルチル&ミチルのお二人は、昔から子どもの役や、小柄な役柄の経験が豊富なので、違和感なく見られますね。とくに、母の愛のシーンで、「お母さんがわからないの?」と光に教えられるところでの、チルチルの「え?」て自分の知ってる人なの?という表情の変化がいいですね。ミチルは客席に背中を見せてるからわからない(笑)
そういえば、お隣に座っていたお子さんが、幕開けのシーンや、夜の御殿のシーンでものすごく怖がってました。そか、あれくらい小さい子にはやはり怖いのね(^^)
時の老人のナンバーは、もう少し余裕があるといいかなと感じました。十分歌えてはいるのですが、なんとなくリズムに乗り切れていないというかいっぱいいっぱいに感じてしまうのが残念。
2幕がそろそろ始まるぞ、というころあいに、客席通路を、おでぶなメードさんが愛想をふりまきながら歩いて行きます。先日書きそびれちゃいましたけれども、これは今回公演で初めての演出ですよね?(笑) わたしの席が通路に近かったということもあるのですが、最初はあの足に何気に目がいって「なんだかすごく太ったお客さんがいるなぁ」と(笑) よくよく見るとああいうキャラクターだったのですよね(^^) それにしてもよくできた「足」だこと(笑)至近距離を通るときにすんごくまじまじと足を眺めてしまったのですが、なんか作り物にみえないんですよ! 肌感覚といいますか。
舞台両脇の前面に腰掛けて、客席に手を振るわ、足を色っぽくくむんですけれど、なんというか色っぽくはなくて(笑) 足を組んだあと裾の短さを気にするんだけれども、そんな乙女らしさはあるんだけれども(笑) なんだかチャーミングなんですよね(^^) ここらの演出は夢覚め的だなぁと思いつつ、これも2幕冒頭の「幸福の御殿」への序章なわけで(^^) 舞台に上がってからの彼女らの機敏さときたら(笑)幸福の御殿のあとの、「幸せ」と「幸福」たちのシーンでの光とのやりとりのところは、セリフがものすごく哲学的ですよね。真理というか。
未来の国のこどもたち、いいですねぇ(^^) さらに純真さが増した気がしました。生まれるから愛してね、生まれるからパジャマをちょうだい♪という歌声の、無垢な響きに心が熱くなります。チルチル・ミチルとの「これ何?」というやりとりのほほえましさも本物だしね。
「恋人という名のおちびさん」たちの役柄は、正直リアル子どもが「愛してる」とか言っても現実味がないのですが、でもそれはそれで、生まれる前の魂たちなわけですし、これはこれでオトナな現実味のある声音ではおかしいわけですものね。
それにしても生まれる前のこどもたちの中でも、同じ時代に生まれる子どもたちだけではないというのがおもしろいよね。はるか先の惑星の王様、なんて子もいるわけだし。
やっぱり好きな歌が多いです。それぞれがシーンごとにぴったりで、歌詞と曲と相性というかつりあいもすんごくよくて(^^)
どの方のナンバーも安定してますしね。
でもやはり生の舞台だなと実感したプチハプニングがあってびっくり!
突然咳き込んでしまってナンバーが歌えなくなったキャストさんが! 舞台には魔物がいる、というのは本当だなと。ちょうどシーンの切れ目でしたので歌いながらそでに入るというところでしたし相手役の方がうまく自分で歌いつなぎ?してましたけれども。。ソデに入ってからも咳き込んでらしたので心配でしたが、再登場したときには大丈夫でしたので安心しましたけれども(^^)
こういうことってあるんだなと、いまさらながら舞台て生モノなんだと。妙な感心したりして。
キャストさんにも大事なくてよかったです(^^)カーテンコールは先日よりも回数が多くて、何度も何度も皆さんの笑顔に会えました(^^) 余談ついでに。墓場のシーン。いるのかなぁ(苦笑)
チルチルとミチルのやりとりはかわいいのですが、なんか、ここなくてもぜんぜんOKなんですけど。それこそ余計なお世話ですね。はい。
それはそうと、私の中で、光の登場シーンの歌詞が、二幕の「光のアリア」のものと同じになってしまってるのはどうしてなのかしら? この15年の間、折りに触れ思い出して口ずさんでいたのはこのアリア時点での歌詞なのですよ。はて?
終演後、帰路で口ずさんでます、はい。おのずと口にのぼってくるのよね。「さよなら」のナンバーもそうなのですが(^^)
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「グループを代表して、長年の深い親交があり友人でもある浅利氏の隣でこういう席を持てたことを大変光栄にうれしく思います」、というような挨拶がありました。はまち的感覚ですが、この方の英語、聞き取りやすいですね。もしかして英国圏ご出身かしらん?(^^)
初演はブロードウェイでちょうど50年前。日本をはじめ世界で愛されてきた名作であることは皆さんがご存じ。この作品をロイド=ウェバーがプロデュースすると知り、大変驚き、どういう経緯でこうなったのか尋ねました。すると“子供のころからのあこがれの作品なんだ”ということで。ロンドン公演を見ましたが、とてもメッセージ性の強いものでドラマとしてもよく出来上がったものでした。ロイド=ウェバーの作品は「ジーザス・クライスト=スーパースター」をはじめとして30年前から四季でやっている。ほかにもエビータやオペラ座の怪人など、ほとんどの作品をやっていて、キャッツは今度5000回を迎える。なので本当に友人だし信頼関係を強く持っている間柄だが、この作品(「サウンド~」)は日本ですでにほかのカンパニーが(オリジナル版だが)やっているが、四季がやって版権とか大丈夫なのかと、彼にきいたところ、自分が全てクリアするからやってくれと。
も見るくらい大好きな作品。 イギリスで先日拝見した。役への深みをだして透明感のあるマリアを演じたい」
みんなを包み込めるような大きな愛をもった修道院長を演じたい」







こちらもやはり、頭にきてブチギレそうな理由というのは、女の子たちと同じで、思春期特有のもやもやや先生や大人の「都合」にはあわない自分たちの憤りだったりで見てるとかわいいですよね。ただ女の子達とちがって、もっと切実にもっと現実的だったりするところが、男性と女性との違いなのでしょうか。

ど横を浅利代表が通るわ、安倍寧さんはいるわ、あれってもしかして小藤田先生?とかきょろきょろしてるうちに、お時間です。
登壇したのはアルプでも登場している、今回の日本公演のスタッフを兼ねている俳優陣とオリジナルプロダクションのキンバリーさん、そして劇団の鎮守さん。



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