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祝ウィキッド東京公演二周年~♪



Photo_3書いた原稿が消えてしまうマイPCはやはりどこか問題ありかなぁdespair
いまさらな話題ですが、やはり記念日なのでいちおう再録。
4月下旬(江畑エルファバデビュー日v)以来ぶりの海劇場~
劇場入口にはどこかのテレビ局カメラ~
平日昼公演というのに満員(笑) 
気づけば客席後方に本日お休みキャストさんが(^^)

記念週間のまさに記念日その日ということで、シーンシーンのキャストさんのノリがさらにパワーアップしてました。
とくに沼尾グリンダのセリフの印象が、シーンごとに良い意味で「あれ?」と変化を感じました。登場シーンの「みんな私に会えて嬉しいのね。」と「私もよ」のニュアンスが、最初のころのあっけらかんとしたものではなく、その前にあるエルファバとのドラマを感じさせるものでした。そしてシズ大学校歌へとつながる早代わり後の登場時の声のつややかさにびっくり(^^) 
そして対する樋口エルファバ。「魔女になる」のナンバーの凄みや、「For GOOD」の優しさなど見事でした。沼尾グリンダも樋口エルファバも回を重ねるごとに、役を生きているので、お互いやボックやネッサらとのからみ部分でもそれが自然で、見ていて楽しい~ それはほかのキャストさんにも言えて、初演時から役を重ねているキャストさんが芝居をぐっと引きしめてくれますね。そこがロングランの良いところでしょうか(^^)
ただどうしても馴染めないのが、いつのころからかの既成事実となってしまった、エルファバの登場シーンでの拍手。思えばいつのころから拍手が起こるようになったのか。

これは役者さんがどうこではないけれども、なんか四季の舞台としてはものすごい違和感を感じてしまう私が古いのでしょうかね。登場しただけで拍手、というのは、すでに物語を離れているようだと思いますが。。
しかもまだ登場していない役で。物語の冒頭でそのエルファバのことを「あーだこーだ」と前振りして、ようやく出てきたから「待ってました!」的拍手ですよね。う~ん。
まぁいいですけどね。(いいならグチらなきゃいいのにね。見るたびに気になってしまうのですわ(^^;)) 

さて、本編終わって、特別カーテンコール。
既報で公式HPにも「記念ウィーク」初日の様子が出てましたね。
2周年入場記念品は、チケットファイルをいただきました。Photo_4中に、エメラルドシティへの招待状(通しナンバー入り)付き。これは、この日だけなのでしょうかね? いちおう日付が入っております。
Photo_6

Photo_5S記念カーテンコールは、グリンダとエルファバの「あなたを忘れない」のしっとりとした歌唱から始まりました。歌いだしはグリンダで、後日談的に一人でエルファバとのことを思い出しつつ、くちづさんでいるのかなぁという印象でした。バルコニーに立ったエルファバも同様な印象でしたが、このあとはお互いに舞台上で手を取り合って歌いつぎ。そしてガラッとかわって「エメラルドシティ」のナンバー。ここではアンサンブルさんも再びこの場面の衣装に変わり、華やかで楽しいナンバーの再演でした。ナンバー途中では、二人組づつで舞台奥から正面に思い思いのポーズで歩いてきて、ファッションショーの一幕のよう。そんなナンバーの後ろでは、護衛隊長姿のフィエロがマダム・モリブルをエスコートして町を横断。そしてそしてサングラスをした「歩けるネッサ」がボックと腕を組み楽しげに記念撮影をしつつエメラルドシティ観光をしている姿が! これを見つけたときが一番うれしかったなぁ。本編で見たかったこれも幸福な場面の一つです。
この作品を見ていて思うのは、人あしらいのうまさなんですね。あら褒め言葉に聞こえないわねcoldsweats01 困ったわcoldsweats01
たとえばグリンダとエルファバは物語冒頭の学生時代は、自他共に認める、犬猿の仲。
学園の人気者であるグリンダの、人との付き合い方を見ていると、他人にいやな思いをさせずにやっかいばらいをするのが本当上手だなと。その最たる例がボックやネッサローズですよね。ボックが自分に気持ちを寄せていることを本能的に知っていながら、ああえてその告白を避け、「さびしい思いをしている人を慰めてくれたほうが私は嬉しい」とばかりに、ネッサローズへの思いやりをみせ、彼の関心の方向を変えさせますよね。彼はグリンダに気に入られるためにむしろ進んでネッサローズへの友情を示しますが。これは仮に裏心があろうとも悪いことではないですよね。そして「体の不自由な自分への同情心であることは百も承知」なネッサローズは、それでもその状況を楽しみ満足している。そしてその幸せはグリンダのおかげであることを知っている。なのに、その同情であることを認められなかったというか正直に言えなかったボック。それは本当に彼なりな優しさだろうしそのことをだれも責められないと思うのですよ。でもその後数年にわたる「ネッサローズの誤解」を生み出す結果ともなったことは事実で。とっかかりはそんな始まりであろうとも、ずっとそばにいてくれた人の心には最初から自分はいなくて、自分がなりかわることもできなかったという事実を、やがて突き付けられるネッサローズの悲嘆の大きさは、想像に難くない。だからこその、あの2幕での豹変になるのだろう。そしてボックも、最初は同情からはじまった友情であるにもかかわらず、本心が言えなかった責任の所在さえネッサローズにすりかえ、グリンダへの思いは大きくなるばかりで。。はじめはお互いを思いやる、なにげない優しさから始まったことなのに、それを思うととても哀れで。

グリンダの一言が「エルファバ」を変えた「帽子事件」。
あれも、グリンダにとっては不用品のていのいい押し付けなわけだけれども、たとえば、嫌い合っている相手に「仲良しのしるし」といわれて贈り物をされたら、誰しもぐっとくるのではないだろうか。嫌い合っている、と思っていたのは本当なのだろうか? 自分が何か思い違いをしていて、相手は実は自分のことを嫌うというところまでの感情は抱いていなかったのではないだろうか? だとしたら、なんと恥ずかしいこと。これまではどうであれ、「仲良しのしるし」と言ってくれたのなら自分も態度で示さなければ、と臨んだのが、あのダンスホールなんですよね。まぁ、グリンダにていのよいあしらいをうけていたことをそこで突きつけられるわけですけれどもね。でも確かにエルファバの気持ちを一度変えたのは事実で。エルファバの変心が変身につながり、グリンダに「してはならないいたずらだった」と気付かせ、本当の思いやりに気付かせたわけですよね。
そこから本来の友情へと変わっていくわけですし。このあとの「ポピュラー」シーンでのネッサの足の秘密に対する=エルファバの肌の色からくる負い目への『真実じゃないわね』というものの本質を見極めた、エルファバにとっての本当に聞きたかった言葉を初めて告げてくれる相手となるわけですものね。
人の励まし方や、傷つけない断り方(帽子の件やネッサをデートに誘うようにボックにしむけるところなど)に、学ぶべき点があります。
「外面飾る、それだけでいい」といいますが、それがなかなかできない割り切れないのが人情・世の中だったりするので、グリンダがそれをわかっていてやっているということは、計算高いかもしれないけれども、かなり神経の疲れることですよね。
エルファバのように「何をしても憎まれてしまう」人生と、どちらか選べと言われても困りますが。まぁグリンダの思わせぶりな態度は、ボックは知らないまま、生涯「告白できなかった」と思ったまま、グリンダへの思いを抱いたままだったのでしょう。
なんて、ちょっと真剣に各キャラについて、観劇しながら思っていたことをしたためてみました(^^;))

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