サンデー インザ パーク ウィズ ジョージ

観てきました。幹ちゃんさんさくめ。
詳しくはまた書きたいと思いますが、映像とのコラボがおもしろい作品でした。
一部を除き歌につよいかたが配されているので、ミュージカルというより声楽の舞台みたいな音の重なり(^O^) オペラではなくて。
観ていて感じたのはニューブレインと同様に、あたらしい行き方、励ましのような思いです。個人的にはこちらの作品のほうが好きかな。ニューブレインも楽しくて明るいナンバーが散りばめられていますけれど。サンデーはくちづさめるようなナンバーはないのですが、まあ肺活量との戦いのようなナンバーがあったりして(笑)聞くぶんには楽しいです(笑)
一幕のとじかたが印象強くてあそこで終わっても問題なさげでしたけど(^_^;)
二幕はがらっと印象かわりますね。
とにかく幹ちゃん力演です。特に一幕がすごい!
前の作品時にも感じたのですが、四季で舞台化したもので見てみたい作品ですね(^_^;) むり言いますな?

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お花のお寺@三室戸寺

観劇のあいまに、というか、時間があまりにもあくので(午前10時ホテルチェックアウト後、夕方までどうやって時間すごそうか、駅の観光マップみつつ思案長考。)、京都観光するにしても、どうしようかなぁと思い立って、ちょうど時期ということもあったので、お花のお寺として有名な京都郊外の「三室戸寺」まで出かけてきました。

いちおうの行程をば。
私の場合は、京都駅の観光案内所にておじちゃまが教えてくださった一番面倒でない(^^)ルートかと。
JR奈良線で「宇治」駅下車。 
Photo_7駅前バス停からシャトルバス「三室戸寺行き」に乗車。道路のこみぐあいにもよりますが約30分は乗ってたかな。料金は片道200円(ちなみに京阪宇治駅からですと片道180円)。
JR京都駅から宇治駅までは通常16分だそうですが、この日はあいにく電力会社からの送電が一時停電したとかで、各駅停車しか動いてなくて、片道1時間程度かかりました。帰りには復旧していたので、みやこ路快速というのに乗車して20分かからず京都駅まで戻れました。

さてあじさいのちょうど見ごろということでしたので、結構込んでるかなぁ とおもいきや、電車もわりにすいていて、バスもそれなりでしたが、お寺さんい到着してみるとそれなりにこんでました。私が到着したのがちょうどお昼すぎで、参拝&観賞を終えて帰られる方がすでにたくさんいたのにはびっくり。皆さん何時に来たんだろう?
Photo_8 ちなみに入山料は500円です。
それはさておき、お寺は、西国十番札所ということで、本堂前の社務所では、ご朱印Photo_9帳に記載を待つ方が列をつくってられました。  

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山門をくぐり右手したがわに、広いあじさい苑があり、その奥には一見茶畑のようなつつじの苑がこんもりと小さな塚のように広がっていました。ほかにも後でわかったのですが、本堂前には人工池に蓮がたくさん植えられていまして、これからの季節は蓮の花が見ごろを迎えるそうです。入場の際いただいたお寺さんの手引 には蓮の花を背景にした阿弥陀堂(三重塔)の写真がありますので、こちらも有名なのですね(^^)
さてお花を見る前に、まずはお参りしました。
なんでもこちらの御本尊である千手観音菩薩像がこの秋に、64年ぶり?(←不明確で申し訳ありません)御開帳になるそうですので、興味のある方はぜひご参拝ください(^Photo_11  ^)

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                                秋は紅葉も美しそうな境内です。

Photo_12お守り系のお土産を物色しつつ、ゆっくりお庭を歩きつつ、願い事が叶う(若・高関が現役時代に勝利へと導かれたということで有名な)“勝ち牛”の像や、願い事に応じて燻すお線香など(これがなかなか火がつかなくて、願いがかなわないということかなぁとdespair)←まぁ気持のもちようですね。、たくさんの人にまぎれながら、蒸し暑さにももまれながら?お参りして、いよいよ目的のあじさいを目指しました!Photo_4
御門を入ってみるとけっこう広いお庭で、あじさいは一万株とのことですので、箱根の登山電車沿線なみにたっぷりと堪能できます。しかもあちらと違って、目前を流れる景色ではなく、足を止めて、ときには花びらにふれながらゆっくりと楽しめますのがいいですね(^^)

あじさいと一口に言っても種類も色も多様です。
このブログを始めたころにも書きましたが、あじさいは、植わっている土の栄養分で花の色が変わるので(もちろん雨水を受けて色が深くなっていくということもありますが)、土が酸性かアルカリ性かで青や赤系であったりするのが面白いですね。
ちなみに私が好きなあじさいの種類は「墨田の花火」というものです。三室戸寺でも阿弥陀堂の脇に咲いてましたv花の形が星のようなんですよ(^^)
何年間か前に母の日の贈り物としPhoto_14て花屋さんで見かけて以来、その種類だけはわかるようになりました(^^)
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Photo_8

Photo_5Photo_2Photo_7

情報提供ありがとうね(^^)<ふぶちゃん

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祝ウィキッド東京公演二周年~♪



Photo_3書いた原稿が消えてしまうマイPCはやはりどこか問題ありかなぁdespair
いまさらな話題ですが、やはり記念日なのでいちおう再録。
4月下旬(江畑エルファバデビュー日v)以来ぶりの海劇場~
劇場入口にはどこかのテレビ局カメラ~
平日昼公演というのに満員(笑) 
気づけば客席後方に本日お休みキャストさんが(^^)

記念週間のまさに記念日その日ということで、シーンシーンのキャストさんのノリがさらにパワーアップしてました。
とくに沼尾グリンダのセリフの印象が、シーンごとに良い意味で「あれ?」と変化を感じました。登場シーンの「みんな私に会えて嬉しいのね。」と「私もよ」のニュアンスが、最初のころのあっけらかんとしたものではなく、その前にあるエルファバとのドラマを感じさせるものでした。そしてシズ大学校歌へとつながる早代わり後の登場時の声のつややかさにびっくり(^^) 
そして対する樋口エルファバ。「魔女になる」のナンバーの凄みや、「For GOOD」の優しさなど見事でした。沼尾グリンダも樋口エルファバも回を重ねるごとに、役を生きているので、お互いやボックやネッサらとのからみ部分でもそれが自然で、見ていて楽しい~ それはほかのキャストさんにも言えて、初演時から役を重ねているキャストさんが芝居をぐっと引きしめてくれますね。そこがロングランの良いところでしょうか(^^)
ただどうしても馴染めないのが、いつのころからかの既成事実となってしまった、エルファバの登場シーンでの拍手。思えばいつのころから拍手が起こるようになったのか。

これは役者さんがどうこではないけれども、なんか四季の舞台としてはものすごい違和感を感じてしまう私が古いのでしょうかね。登場しただけで拍手、というのは、すでに物語を離れているようだと思いますが。。
しかもまだ登場していない役で。物語の冒頭でそのエルファバのことを「あーだこーだ」と前振りして、ようやく出てきたから「待ってました!」的拍手ですよね。う~ん。
まぁいいですけどね。(いいならグチらなきゃいいのにね。見るたびに気になってしまうのですわ(^^;)) 

さて、本編終わって、特別カーテンコール。
既報で公式HPにも「記念ウィーク」初日の様子が出てましたね。
2周年入場記念品は、チケットファイルをいただきました。Photo_4中に、エメラルドシティへの招待状(通しナンバー入り)付き。これは、この日だけなのでしょうかね? いちおう日付が入っております。
Photo_6

Photo_5S記念カーテンコールは、グリンダとエルファバの「あなたを忘れない」のしっとりとした歌唱から始まりました。歌いだしはグリンダで、後日談的に一人でエルファバとのことを思い出しつつ、くちづさんでいるのかなぁという印象でした。バルコニーに立ったエルファバも同様な印象でしたが、このあとはお互いに舞台上で手を取り合って歌いつぎ。そしてガラッとかわって「エメラルドシティ」のナンバー。ここではアンサンブルさんも再びこの場面の衣装に変わり、華やかで楽しいナンバーの再演でした。ナンバー途中では、二人組づつで舞台奥から正面に思い思いのポーズで歩いてきて、ファッションショーの一幕のよう。そんなナンバーの後ろでは、護衛隊長姿のフィエロがマダム・モリブルをエスコートして町を横断。そしてそしてサングラスをした「歩けるネッサ」がボックと腕を組み楽しげに記念撮影をしつつエメラルドシティ観光をしている姿が! これを見つけたときが一番うれしかったなぁ。本編で見たかったこれも幸福な場面の一つです。
この作品を見ていて思うのは、人あしらいのうまさなんですね。あら褒め言葉に聞こえないわねcoldsweats01 困ったわcoldsweats01
たとえばグリンダとエルファバは物語冒頭の学生時代は、自他共に認める、犬猿の仲。
学園の人気者であるグリンダの、人との付き合い方を見ていると、他人にいやな思いをさせずにやっかいばらいをするのが本当上手だなと。その最たる例がボックやネッサローズですよね。ボックが自分に気持ちを寄せていることを本能的に知っていながら、ああえてその告白を避け、「さびしい思いをしている人を慰めてくれたほうが私は嬉しい」とばかりに、ネッサローズへの思いやりをみせ、彼の関心の方向を変えさせますよね。彼はグリンダに気に入られるためにむしろ進んでネッサローズへの友情を示しますが。これは仮に裏心があろうとも悪いことではないですよね。そして「体の不自由な自分への同情心であることは百も承知」なネッサローズは、それでもその状況を楽しみ満足している。そしてその幸せはグリンダのおかげであることを知っている。なのに、その同情であることを認められなかったというか正直に言えなかったボック。それは本当に彼なりな優しさだろうしそのことをだれも責められないと思うのですよ。でもその後数年にわたる「ネッサローズの誤解」を生み出す結果ともなったことは事実で。とっかかりはそんな始まりであろうとも、ずっとそばにいてくれた人の心には最初から自分はいなくて、自分がなりかわることもできなかったという事実を、やがて突き付けられるネッサローズの悲嘆の大きさは、想像に難くない。だからこその、あの2幕での豹変になるのだろう。そしてボックも、最初は同情からはじまった友情であるにもかかわらず、本心が言えなかった責任の所在さえネッサローズにすりかえ、グリンダへの思いは大きくなるばかりで。。はじめはお互いを思いやる、なにげない優しさから始まったことなのに、それを思うととても哀れで。

グリンダの一言が「エルファバ」を変えた「帽子事件」。
あれも、グリンダにとっては不用品のていのいい押し付けなわけだけれども、たとえば、嫌い合っている相手に「仲良しのしるし」といわれて贈り物をされたら、誰しもぐっとくるのではないだろうか。嫌い合っている、と思っていたのは本当なのだろうか? 自分が何か思い違いをしていて、相手は実は自分のことを嫌うというところまでの感情は抱いていなかったのではないだろうか? だとしたら、なんと恥ずかしいこと。これまではどうであれ、「仲良しのしるし」と言ってくれたのなら自分も態度で示さなければ、と臨んだのが、あのダンスホールなんですよね。まぁ、グリンダにていのよいあしらいをうけていたことをそこで突きつけられるわけですけれどもね。でも確かにエルファバの気持ちを一度変えたのは事実で。エルファバの変心が変身につながり、グリンダに「してはならないいたずらだった」と気付かせ、本当の思いやりに気付かせたわけですよね。

そこから本来の友情へと変わっていくわけですし。このあとの「ポピュラー」シーンでのネッサの足の秘密に対する=エルファバの肌の色からくる負い目への『真実じゃないわね』というものの本質を見極めた、エルファバにとっての本当に聞きたかった言葉を初めて告げてくれる相手となるわけですものね。
人の励まし方や、傷つけない断り方(帽子の件やネッサをデートに誘うようにボックにしむけるところなど)に、学ぶべき点があります。
「外面飾る、それだけでいい」といいますが、それがなかなかできない割り切れないのが人情・世の中だったりするので、グリンダがそれをわかっていてやっているということは、計算高いかもしれないけれども、かなり神経の疲れることですよね。
エルファバのように「何をしても憎まれてしまう」人生と、どちらか選べと言われても困りますが。まぁグリンダの思わせぶりな態度は、ボックは知らないまま、生涯「告白できなかった」と思ったまま、グリンダへの思いを抱いたままだったのでしょう。
なんて、ちょっと真剣に各キャラについて、観劇しながら思っていたことをしたためてみました(^^;))

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名古屋55&大阪ジーザス

catface週末に出かけてきました。
名古屋55(←略しすぎ?(^^;)) はリハーサル見学会目的、大阪ジーザスはバックステージツアー目的です(^^)N55

名古屋の方も100名を超える参加者で、アプローズ、おもてなし、バリ舞踊(ガムラン演奏チェックメイン)、など、盛りだくさんでした。
なによりも嬉しかったのは、東京公演時には見られなかった加藤さんの参加&松島さん&坂田さんとの3トップのお揃い舞台(^^) 
演目で楽しむのはもちろんですが、やはり、見たいキャストがそろうと盛り上がりがますます違いますね。
リハーサル時に加藤さんがメンバーに目配りしているところとか、それぞれのキャストさんの役割分担が見ていて面白かったです。(音楽面は楽器演奏も含めて早見さんかな)
リハーサル時のガムラン演奏に加わった新キャストさんの演奏チェック、細かかったですね~ いやぁ、元打楽器奏者としてはうずうず(笑) やってみたいですわ(^^) それにしても、今更ながらですが、ガムラン演奏にシンガーの皆さんが参加していたとわ! ずぇんずぇん知らなかったです。あと、バリ舞踊(南十字星の冒頭、兵士の戦いの部分)の兵士に加藤さんがいたとわ! 仮面をつけているとわかりませんが、さすがリハーサル見学会。
そこかしこで、誰が踊っていたのか判明して、ちょっと嬉しいv
そして見学会後の超~ハイテンションな松島さんの司会がhappy01

そして大阪ジーザス。
本編はなんというか、ユダの熱演と大塚ヘロデがはまち的ポイントでした。
大塚さんのヘロデは、下村さんの流れをくむ演出でしたし、ご本人がそれを膨らませるだけの力をお持ちなので、見ていて安心&楽しい~
残念だったのが、音響。
なんでこんなにボリューム満点?というばかりに某役については、耳をふさがねばならないほどの大音量で、すんごく苦しかったです。
四季の舞台でこんなこと初めてですわ。しかも後半までそんな感じですので、いやぁ辛かった。役者さんの声量が豊かな方ならば、それを自然にに通るようにバランスをとっているはずですのにね。これまでも、本番冒頭では「大き過ぎ?」と思うこともありましたが、芝居が進むにつれてきちんとバランスとれてましたのに、今回はちょっとすんごく気になりました。それが気になって芝居に集中できないの。しかもPA席の近くとはいえ、高周波の耳障りな音が気になって気になって。。なんでかなぁ。見ている私が疲労困憊だから聞こえないはず音まで拾っちゃったのかしらね。うむむ。
終演後のバックステージツアーですが、参加者がものすごく多くて、私は2階席で待機組でした(^^;)
舞台監督の笠原さんから、照明・装置・道具などなどについて、細かい説明のあと、質問コーナーがあり、はじめに舞台裏を見学する1階席の方からまずうかがい、その後、見学が始まってからは2階席にも聞いていただけました。質問が多かったとかで、暗転しないままでの「ヘロデ王シーン」の絨毯敷きの再現と撤収を見せていただきました。舞台さんが民衆衣裳のような服装で(万が一見えた場合のため?)絨毯を広げ・あるいは巻き巻きして舞台奥へと撤収されてました。これ本番の音楽を流しながらでしたので間合いとかよくわかりました。十字架刑の“謎”や、終演時の演出が変わった点(幕切れ間近に、上下前面にペテロとマリアがジーザスを見守るカットがありましたのが今回大阪でなくなりました←エルサレム版の象徴的シーンだったので見ててあれ?と思ってたのです。ちょうど質問してくださった方がいてすっきりcatface)、ジーザスの「背中の傷」を腕に施してわれわれに至近距離で見せてくれる営業さんとか(腕に大きな傷を作り「こちらです~」と見せてまわるというちょっと不思議な光景(笑))など、たくさんの“なるほど~!”がありました。
土曜日夕方公演とはいえ珍しく4時30分開演のジーザスでしたが、見学会を終えて(本当に最後の最後の順番でしたので)、劇場を後にしたのは8時30分前でしたhappy01
十字架や、小道具類にも触ることができたので大満足です(^^)

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柿の種♪

のんべでもないんですが、ここんとこはまってます『柿の種』(^O^)
小分けで六袋入ってるやつです~
あられとピーナッツの食感というか、味と歯ごたえと、微妙~な辛みに(笑)
これのワサビ味があるのも知って交互に味わってますの毎晩♪ おともはお茶ねo(^-^)o
ワサビ味も結構いけるんですよ~ どちらかというとワサビ味の方がよりお気にです♪
たま~にすんごい‘当たり’があって涙が突出しますけども(笑)
三日に一度の割合で近所のコンビニで仕入れてます。あの店だけは異常にこの二種類の『柿の種』の回転がはやいはやい(笑)
食べながらつい最近気づいたのが小分け袋に描いてある‘けなげ組’てマンガというかキャラクターというか。‘けなげ組 会員番組2’とかあってゆる~いイラストと『彼ら』の切なる主張が手書きな味わいで書かれてるんです。ちなみに『会員番組6・ストローの紙袋』(笑) おもわずにんまり、ときにはぷっと吹き出すコメントがなんとも味わい深い(笑)
これ書かれてる着眼点がすんごいなぁ!
よくこんなとこにこんなマイナーネタとはいえ、楽しませる心遣いがなんか嬉しいです♪ すごいぞ○田製菓(^O^) がんばれ‘けなげ組’!

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大井町に!

四季@新劇場『夏』ですか!
どんな雰囲気の劇場になるのかとっても楽しみですhappy01
大きくても1200くらいのキャパで、見やすサイズ希望(^O^)
オープニング演目にも期待大です♪

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コナン去年の映画ネタバレ@いまさらながら、いまだから書いちゃうこと

残念ながら今年は見逃しました~。上映終わっちゃったわね(^^;))

昨年の映画のネタバレですが、1年過ぎたことですし、書き忘れや書けなかったことを書きます。
相当辛口ですのでごめんなさい。
しつこいですがネタバレですので、未見の方はご注意ください。



まず、ホールこけら落としコンサート本番。
あれだけの爆発がホールで起こってるのに、「耐震防音?効果」で客席内には知れてないはず、ということでしたが、アレを見てて思ったのですが、なんぼなんでも、あれだけの大爆発の振動を防ぎきれるほどの耐震構造てどうなのかな。
仮にあるとしてもすごすぎませんか?逆にある意味、どういう建物であれ中の人間に伝わらないということは問題があるかと思うのですよ。逃げるタイミングを失うというか。まぁコンサートが終わって外に出てみたらこんなことが!てなわけでしょうけれども(いや、あの映画は最終的には柱全部爆破するつもりだったから観客は何も知らないまま。。ということですわね)
わけですし。てまじめに語るのもおかしいかしら? 
どうなんだろう?と思い、このへんのことを先日、この映画の某関係者(笑)さんとお話してたら、もっと現実的な話を聞き目から鱗でした。
確かに!!! 見終わったあとの違和感ナンバーワンはこれだったんだ!と(笑)coldsweats01 1年も過ぎて指摘されるまで気づかなかったわたしって、鈍すぎるとういうか。鈍すぎな自分。
たとえ映画で作り事でもちょっとねぇ。どこかのサイトさんでもご指摘があったかもしれない内容ですが、→
つまり、「あれだけのことがおきてたらば、少なくともホワイエ周りや客席各階にいる劇場係員が気づく。すぐ対応に走り回って、お客さんを逃がすように避難誘導とか逃げ道の確保とかしてるはず。演奏会どころじゃない!」と。そうなんですよね。
ということは「ひょっとしてあの犯人、劇場係員全滅させてる?」てこと?(^^;))。まぁ手にかけてはいなくとも、麻酔ガスとかで眠らせられている可能性はあるわね(苦笑)するってぇと、ホワイエのあちこちに倒れこんでいる係員がたくさん。爆発にまぎれて亡くなってる方もいるかも? そうなんです。演奏会場の仕事は演奏始まったからと言って、ロビーやホワイエ周りが無人になるなんて「ありえないし!」なんですよ。
第一、最終的にはテロ的犯罪にまでなってしまっているあの犯人の、犯行理由があまりにも自分勝手すぎ。コンサートを聴きに来ている観客にはまったく関係ないし!

それから、犯人を知った後、コナン君が最後の起爆装置を仕掛けられた「パイプ」からはずしてきた、てところですが。。これもすんごい天才技!というか神業。あれだけの規模のオルガンならパイプ数は2千を越えてるはず。たとえ仕掛けられた音がわかっても、どのパイプがどの音を担当するかなんて、視覚だけで判断するのはまず不可能(--;)

音痴な新一君のヴァイオリンの「変な弾き癖」にも、やっぱりなんというか、らしさ的せりふに感じちゃいます。それっぽさを求めるというか。絶対音感を持ちながらも、それを自分の手で再生する能力が低い=音痴な新一君。歌はもとより穴を押さえれば済むだけのリコーダー演奏にさえ見放されているくらいの音痴なのに(^^;))、なぜヴァイオリンだけは上手に弾けるのか。むしろそのほうが謎だわ。歌の音痴さんについては、例えば喉の使い方というかコントロールが下手だったりしますよね。まず耳で聞いた音を正確に自分の声でまねして復唱できない。そして音量の加減ができないので必要以上に大声だったりする方が一般的なように感じます。 私の職場にそういう方がいましたのでなんとなく実体験としてわかるのですが。ちなみに過去形ですがその方が不在になったというわけではなく、カラオケの活用でそれなりに音痴を克服されています。この方は自他共に認める音痴さんですが、なぜか「歌う」ということはお好きで(^^;)) 職場でカラオケに行ってもひるむことなく、あれこれ懐メロを歌いまくりました。最初に聞いた頃はリズムさえままならず大声を上げているだけの本当に驚くくらいの音痴さんで、なんのために伴奏が必要なのかでしたが、いまはリズムもきちんととれて歌らしく聞けます。人間の身体能力はすごいなぁと本当に実感。話がそれましたが、コナン君も歌うことは好きですよね。あれだけまわりにやいのやいの言われても。彼の場合、絶対音感を持っているのですから、自分が人と違う音を出していることは分かるはずなのにそこのところの描写はないですよね(^^;)) そこのところもちょっと突っ込みどころなのですが。変な弾き癖、というより、「なんで弾けるの」ですわ。はい。
それから多くの方が検索で読み解きを探している「SHOOT」の謎ですが(笑) 哀ちゃんのリコーダーでのお知らせというか。あれ、むりにこじつけたようにしか思えない~ というか何度みても音名関係ないので、すんごく理解できなくてできなくてできなくて(以下続く)フラストレーションたまりっぱなしな1年間(笑)
なので、先ほどの某関係者様にお尋ねしてみたら、判明しました(笑)ようは登場した音名の続きで、アルファベットの音をABC順に続けていくとそうなるということなんですね。なんだかうまく説明できないわね(--;;)詳しくは原作でも最初の頃にあった「月光殺人事件」をご参照くだされ。
それを即座に、読み取るというか解読したのは、暗号好きなコナン君らしいですが、むりして音名のくだりを組み込まなくても(^^;)) むしろ、アノ場で哀ちゃんがコナン君に注意を促すためにリコーダーをピーと吹いて、彼女の方を向いたら、手でピストルの形でも作って撃つまねでもした方が早いかと。子どものいたずらですから犯人に、彼女の意味することが伝わるとは思えないし。
あと、絶対音感をお持ちの秋庭さんからご指摘のあった、小学校音楽室のピアノのピッチですけれども、音楽室のピアノの調律なんてそんなまめにないんだから、そんなものですわよ。音楽家やコンサートホール並みに調律しませんてばcoldsweats01
だめ??

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韓国時代劇感想というか長い紹介 その2

え~先ほどの続きです(^^;)

かいつまんだあらすじというかドラマの流れのご紹介に話を戻すと、ユン氏が幼い頃に、当時城下に住んでいた王子(のちのソンジョン王)や祈祷師の息子チョンドン(のちのキム・チョソン、王の一番の内侍である宦官となる)と出会い、身分を越えた友情や恋心を胸に成長していく物語です。ソンジョン王は、当時の王の長男(皇太子)の次男ですが、父王子が若くして夭折したため、母妃(未来の中宮候補)や兄王子とともに宮殿を去ります。このあたり厳しいよね。まぁ後を継ごうにも兄王子も幼児だから。そして空いた王座には、父王子の弟が登玉するのですが、この方も「ゆえあって」短命。あとにはやはり幼い王子がおりましたが、この方に継がせるわけにはいかないので、先代の王子の息子に白羽の矢が。病弱な長男ではなく、次男を王世子(ワンセジャ=皇太子)とし、直ぐに、王座につかせることになります。そのあたりの政治のやりとりもなかなかすごいのですが、幼い彼らには関係のないことで(この当時まだ13,4歳?)王子は初恋のユン氏に「いつか私は正室として、あなたを宮中に迎えます」と約束するんですね。一応、彼女は両班(ヤンバン=貴族階級)であるから正室候補としては問題ないのですよ。それにまだ彼が王に選定される前に「奥様」にと両家で縁談が進んでいたのです。ただヤンバンとはいっても、家計は傾いているようですのでなにかと苦労は絶えないようですが。でも純粋な恋心からお互い思い思われて、宮中と城下で、年月を重ねていくのです。それをそっと見守るチョンドン。彼もユン氏に憧れを抱いていますが、なにしろそうとうな身分違いなので告ることもできない(笑)彼のそんな思いも知らない王子は、「自分の代わりに彼女を守ってくれ」と身分を越えた熱い友情を彼に対してお願いするあたり、やはり育ちが良すぎて他人の気持ちが分からないのかなぁと(^^;)) まぁあわかっても「そんなばかな」の世界なのでしょう。 そして王子がすぐさま即位するのですが、なにぶんにも幼すぎるため、垂簾政治(すいれんせいじ)と呼ばれる、先代の后(彼の祖母にあたる)が政治の場では摂政のような立場になります。これは彼が成人するまで行われ、朝廷の議事の場では必ず玉座の背後に、糸がたくさんたれた御簾が下りており、その背後に大王大妃が鎮座し、政治のあれこれを全て聞いており、王に代わり発言し、命令を下しています。
このドラマに限らず、王室の一番の権力者は「デビ」と呼ばれる先代王妃なのですよね。王がいてもいわゆる「王命だ!」のような権力の振り回しのような立場ではないようですねまぁそれを重ねたが上に、王であることを歴史上、認めてもらえなかった王様が二人?いるようですが。。(「王の男」で有名な暴君、ヨンサン君、とか⇒彼はこのソンジョン王&ソファの息子なのですよはい。)何か王室内で話し合いをする場合も、必ずまずデビが口を開き自分の意見を述べ「王はどう思いますか? チュンジョンはどうですか?」と聞いてます。長上の方を敬う韓国の方で、特に王室ともなるとさらにその意向は強いのでしょうね。
王位についたものの政治の執り方等に、朝廷が我慢できないくらいの問題があった王様はクーデターを起こされ、廃位され、歴史上も「君」という王子的意味合いで呼ばれて、王とは認めてもらってないそうです。ちなみに世継ぎの王子とか長男王子は「大君」(でぐん)と呼ばれてます。王室の王子には「君(ぐん)」という呼称がつきます。(いまいち濁音つきなのかどうなのか聞き取れなくて、テグンなのかデグンなのかが不確実で申し訳ないのですが。)なので、原語字幕で見た方がよりその違いがわかります。吹き替えだとたんなる「王子」ですから(^^;) 世継ぎの王子となると別格の呼称で「王世子」ワンセジャ・セジャ、と呼ばれるようになります。王子の呼称はほかに気づいた中では「ワンジャ」(これ気づいてみたら“王子”ですね)でしょうか。
そして、側室も含めて、王室の方々をそれぞれの呼称で呼ぶ時には、必ず「ママ(漢字が出てこない~)」という王室対象の敬称がつきます。大妃ママとかセジャママとかね。男性も女性も。それから側室にもです。淑儀(スギ=従2位の側室の呼称)ママ、とか、嬉嬪ママとか。
チャングムを見ていて疑問が一つあったのが、「王」に対する呼び方でした。
字幕だと「殿下」なのですよ。吹き替えでは苦肉の策なのでしょう、陛下でも殿下でもなく「王様」と呼ばれていましたね。大妃からも中宮からも臣下からも。日本の昔からの王室・皇室関係の呼称としては、やはり、王という立場の方には「陛下」であって「殿下」ではない。それと同じで、皇太后・皇后・東宮(皇太子)とした方が見ている側からしても馴染み深いからでしょうか。チャングムの冒頭で、まだチェ尚宮が女官時代に毒を盛ろうとしていた相手というのが「太皇太后様」と吹き替え版では言われていましたが、でもこれを例えば字幕版で見た時には、「インス大妃」とちゃんと発音されているのですよね。この方じつわ、先ほどのソンジョン王の母妃で、歴史上も苛烈な女性だったことで有名なお妃様なのですよ。「王と私」にも登場されますし、その波乱万丈な人生については、「王と妃」でも描かれています。←これも長くて200話近くあるの。そうやって見続けているあれこれの時代劇の時代や登場人物が重なるので、あのあたりの時代の王室関係の話は「ああ、いまこの人の話なのだな。そろそろ彼が登場するのか」なんて予想して楽しんだりして感心が深まります。チェ尚宮てばすごい人の暗殺を狙ってたんだ~!とか(笑)成功してたらどうなってたんだろう?とか。
で、なぜ殿下、なのか? 当時の朝鮮は中国の属国扱いとのことで、王位につくのも世継ぎや中宮の任命にも中国の許可がいったのだとか。そういやチャングムでも中国からの使者に大変気を遣うエピソードがありましたね。なので、王とはいえ、王のしるしである最高位の色彩「黄色の衣装」の許しが無く、赤色の衣装なのだそうです。そして「殿下」という呼ばれ方をするのですね。属国でも王は王、だと思うのですが。難しいわねぇ。そういえば王様を呼ぶ時には「チョーナー」と呼ばれていますが、唯一、母妃からは「チュサン」だったり「チュサンチョーナー」と呼ばれたりしていますね。文字で言うとチュサン=主上、おかみ、ということですね。

またまた話がそれました。「王と私」に戻ります。
ユン・ソファ(後の廃妃ね)は、さて王が結婚するとなったときに、その候補として宮殿に呼ばれます。彼女のほかに、当時の重臣の娘も中宮候補として呼ばれ、二人の大妃との直接面接を経て、二人ともが「どちらも未来の国母にふさわしい」と好印象を持たれるのですが、王室の高い信頼を得ている占い師の「片方は子に恵まれない」「世継ぎを二人持つが、朝廷と王室の混乱を招く星の下にいる」との予言に、二人の大妃は苦慮の末、王を朝廷内で支えてくれるであろう勢力のある「世継ぎには恵まれない」重臣の息女を中宮として迎えることに決定します。占いの結果はそれぞれの妃候補には知らされていません。でも自分の約束を結果として守れなかった王は、新婚の妃に八つ当たりをして、契りも結ばず心を開かず、結果、子に恵まれない数年を過ごすことになるのです。政略結婚であるのはお互い様ですのにね。(その心の乾きを女官らに求め、歴史上でも側室が多い王様になります。)そして、成人前になっても心がソファにある王の気持ちを知り、二人の大妃は、ソファを側室として入内させ従二位の「淑儀(スギ)」の位階を与えます。中宮がまたすごくできた人で、王の心がいつまでも自分に向かないのは自分が足りないせいだと、他人を責めず、前の妃候補になった際に顔馴染みであったソファにも「王の心を慰めてさしあげて」「世継ぎをもうけて」「この香を王はお好みだ」と、すんごく親身なのね。ソファももとから中宮への恨みはないので、姉妹のように心から敬っていい間柄の正室と側室なの。

王との最初の婚儀の予定が流れて、5年後に側室として入内するまでの間に、ソファは幼馴染でもあるチョンドンとつかず離れずの使用人以上親友未満、という関係で、チョンドンはあれこれソファを見守っていたのですが、ソファに王以外との縁談が持ち上がったのを、まだお互いの心にお互いの姿があることを知って、その縁談を破談にするんですね。本人たちには理由を知らせず。で、入内する準備ができたので晴れて宮殿に出向いたソファですが、大妃からしてみれば「破談になった女が息子の妻になった」ということでいい感情は無いわけですよ。母大妃はすごくソファに対して厳しい感情を抱くようになってます。出会ったころはとてもかわいがっていたのに(^^;) ソファもあまりに実直すぎる性格のため、よかれと思い発言したり行動したことを悪く受け取られていくのですね。あたりまえの貢物を受け取らなかったりとか(^^;))こうした糸の掛け違いが重なって、大妃はだんだんソファを疎ましく感じるようになっていくみたいです。
さて、主役は彼女でも王でもなく、チョンドン。はい。祈祷師の息子。実は彼は、王の護衛をつかさどるネグミの大将の息子(つまり上級クラスの家柄)なのですが、彼の父は当時の王に対してクーデターを起こし失敗、予定日間近の妻とともに逃亡するのですが逃げ切れず、妻だけ逃がし、自分は自害。妻は逃亡の末、息子を産み落としますが、追っ手から逃げ切れないと知り(実は追っ手ではなかったのだけど)、断崖から川に身を投げます。息子は山に隠して。その赤ちゃんのチョンドンを見つけて息子として育てたのが、ウォラという名の祈祷師。実子として育てますが、彼は三能三無の運命を持ち、未来には朝鮮一の内侍になるだろうという運命を持っています。でも彼の将来を考え、子孫を残せない内侍になどしたくないウォラは、せめて内侍の養成をする私塾にある「去勢所」()の助手をさせます。あれこれあって、そこで出会った内侍候補の少年らと友だちになったチョンドンや、宮中の内侍を統括する長である、内侍府長(ねしぶさ)のチギョム(彼はチョンドン実父の親友)に気に入られ養子(先のソファの破談は彼に相談して彼が行いました)となり、やがては宮中に入りソファや王と再会するのです。内侍を避けるために去勢所に行ったのに、自分の手で去勢をした(書くだけでも怖い(^^;))これすごいんですよこのシーン汗)チョンドン。運命には抗えないのですね。しかも彼は自分の本当の身分は知らないままでして、死んだはずの生母とも実は再会しているのですがお互い知らぬまま。
このドラマの根底には、この運命論や、ソファへのかなわぬ恋心、内侍の王室への忠誠心などが盛り込まれています。
このドラマを見るまでは、宦官というのは、なんだかおかまのような、なよなよとした中世的なイメージがあったのですが、ガラッと変わりました。王室の女性や女官らと間違いを犯さないために去勢してるのですよね。自分の体の一部を切ってまでもの忠誠心というか。なので、体はちょっと男性とは言われないですし、実際まわりの蔑みもすごいみたいですけれども、王の直属の部署=近衛みたいなもん、ですので、公私にわたり王や王室への忠誠心たるやすごいものがあります。また、身の回りの世話や伝達だけではなく、護衛内侍もおり、そのへんの腑抜け貴族よりもすばらしい腕前です。でも自分の血筋は残せないので、形だけでも妻を持ち、やがてはこれぞと見込んだ男子との養子縁組をして、家門を残すのですね。もちろん跡継ぎの男子も内侍になる運命ですが。
ちなみに内侍はお髭が生えません。韓国の時代劇ですと成人男性は、みなお髭をたくわえておりますので、見た目でも歴然となるわけです。
キム・チョソンについても、歴史上実在の内侍で、彼の最後は最期と書くとお分かりいただけるかと(^^;)) 

ソファが身ごもって今後、どうなる?てな展開に突入したこのドラマ。
三分の一が終わったところです。まだまだ先は長いです。チョソンの内侍仲間との確執や王室の今後など、波乱万丈な展開がまだまだ続きます。
歴史上の有名人物がごろごろ登場してきます。

話があれこれ飛んで読みづらくてごめんなさい。
ちなみに、張嬉嬪の時代は、このずっとあとの19代粛宗のこと。月~金曜の毎日正午からの1時間、BS朝日で放送してます。いやぁこちらも最期の佳境に入ってますのですんごい展開です。張嬉嬪のすごさがすさまじさとかが(^^;)))毎日録画してはらはらしつつ視聴してます。 粛宗役が、「王と私」のチギョムの役者さんなのですんごい重みがあります(^^)
韓国ドラマや歴史背景に詳しい方の感想ブログなどを拝見してると楽しいですね~(^^)

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王と私@20話までのまとめ感想 というか、時代劇の見方ながなが

前にも書いた韓国の時代劇ドラマ「王と私」です。
途中漢字表記や階級もろもろに間違いがありましたらご容赦ください。みつけしだい直しますcoldsweats02
NHK⇒ケーブルと何度となく繰り返しみた「チャングムの誓い」以来、韓国ドラマの中で現代劇よりもどちらかというと「時代劇」にはまってます。といっても、「朱蒙」とか「ホジュン」や「大王四神記」は見てませんが。
現代ドラマでも「魔王」とか「宮」や「復活」「天国の階段」とか好きなものはあります。
なぜ時代劇にひかれたのかというと、とっかかりは「宮廷女官チャングムの誓い(原題・

大長今テジャングム)」なんですね。

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韓国の時代劇で、しかも王朝物というものへの関心がこのドラマを通じて一気に加速しました。チマチョゴリの美しさや、王室の女性の髪形・髪飾りなどへの関心、役職や身分への呼称、そしてお料理への気遣いやそれらにともなうセリフなどなど。既婚女性の髪形を見たのも初めてで、おもしろいなぁと。
現在の韓国の文化についてもあまり詳しくはないのですが、ドラマを通じて感じたのは、長上の方々や身分の上下の厳しさ。時代劇だからなおさらなのでしょう。上の者から口上の機会を与えられない限り言い訳を言うことさえできないというのがすごく不思議で。日本のドラマなら、言いがかりをつけられたら、たとえ相手がどんな立場でも即座に「それは間違いです。私はそんなことを言ってません。やっていません」と反論しますよね。でも韓国のドラマって、それは時代劇に限らず、たとえ冤罪でもけして言い訳というか口答えして「私ではありません」とは言わない。上の立場の人が「なにか深いわけがあったのであろう? 話してみよ」とか言われたら、ようやく「自分はやっておりません。」とか、言うのよね。見ていてすごく歯痒いのだけれども(^^;) なんで言わないの~と(^^;))
儒教の国ならではなのでしょうか、というのも安直な考えかもしれませんが。

そういったちょっとしたことから関心が向いて、時代劇でももっぱら王朝物に食指が向いてます(^^) さがすとけっこうありますね~ しかもどれも話数が多いったら(苦笑) チャングムも50話を越えてましたけど、あれ以上のがまぁあるわあるわ。
「ファン・ジニ」も一応衛星放送では見ましたが、地上派まで追いかける気にはなりませんでした。吹き替えではなく字幕でしたらばまた感想が変わったかもしれません。

さて「王と私」ですが、いつの時代かといいますと、1400年代。ちょうど「チャングム」冒頭1話で、前のお妃が毒を賜るシーンがあったかと思いますが、このお妃がまだ10代前半の頃から始まります。彼女が添った王に出会い、あれこれあって王妃から廃位され、最終的には死を賜る(「賜薬」といって、王族に直接手をかけることはできないから、死刑命令でも「毒」を送り、刑の執行役でもある役人や大臣クラスの人間が見守る中、本人が飲まねばならないのですよね。(>_<)) ←このあたり、前に読んだ「天上の虹」(里中まちこ作)でもある古代日本の刑にも似てるなぁと。
なぜ王妃までのぼりつめた女性が、愛した王から死を宣告されねばならなかったのか、そういったことを本筋に、そして当時の宮殿を支える内侍(ねし=宦官=内官)のあり方やら政治への思惑などなどを盛り込んだ物語です。
基本的に、この王妃(日本的には王妃と呼んだ方が分かりやすいかと思いますが、本来は中殿(チュンジョン)と呼ばれ中宮・皇后のことで、正室妃です。時代劇の字幕では、王妃・中宮・后、と出ることがありますが、吹き替えでなく字幕版だと「チュンジョン」と呼ばれているので、わかりやすい)。
彼女は韓国の歴史でも有名な、廃妃(ペビ)尹氏(苗字がユン、なので)。そう、ドラマ自体は脚色されている部分が多々あるかとは思いますが、基本的に実在した方々の物語です。王妃の位にあった人が、廃位されると、ペビと呼ばれ、格下の側室になるというわけではなく庶民になるそうです。何人かそういう「廃妃」がいたそうです。いまBS朝日で毎日放送している「張嬉嬪(ちゃん・ひびん)」にもそういう廃妃の一人が登場します。←ちなみにこの張嬉嬪、韓国の3大妖婦のひとりといわれるほどのものすごい、女性です(苦笑)ドラマだからなおのことパワーアップされすぎている部分もあるかとは思いますが。
張嬉嬪は、苗字が張で嬉嬪とは側室としての位階・階級です。正1品で、王妃に次ぐ地位だったとか。ただし王妃は正室で別格ですので、次ぐといっても側室は側室。韓国の時代劇を見ていて面白いなぁと思うのは、側室の中にも上下関係があって、一番上が嬪であるところの正1品ですが、生家や王の子を生んだかどうかでも位階が異なったりその敬意により位階が上がったりするようです。チャングムで登場した女官仲間ヨンセンは、身ごもった時点で淑ごんと呼ばれる後宮入りを果たしましたが、彼女は女官時代に王に寵愛されたため、(俗に言う「お手つき」ですな(^^;))階級は従4位?の、側室内でも一番下?クラスの「王族」です。一番下クラスとはいえ、女官や尚官よりも上ですが。
そう。本来は側室とはいえ、選考を経て入宮(入内)し、王の「奥様」になるようです。正室である中宮も、両家の子女に禁婚礼が出され、自他共に?推薦状(出身・親の身分・職)を提出し、そのなかから数十人なりにしぼられたものを今度は王ならびに先代后(大妃=デビ=皇太后のこと、大王大妃=テワンデビ=太皇太后)や王妃などが審査し、選定。皇太子妃=世子妃=嬪宮=ビングン⇒未来の中宮様、となるわけです。中宮は、源氏物語でもよく登場する呼称として、国母、として尊ばれます。そして、夫である王や先代后らは別として、世の中の皆の母として、側室たちの管理もします。仮に中宮に世継ぎの王子が恵まれなく、側室の母を持つ王子が世継ぎとなった場合でも、生母は生母ですが、王妃を「母」と公式に呼びます。また王妃も自分の「息子」「嫁」として皇太子夫妻を見守り育成するのですねぇ~ いやぁ、面白いなぁ。
なにより、側室の間に、早く王様に寵愛されたから、とかだけではなくて、ちゃんと上下関係を位階で与えてあるということに驚きました。なので、下のランクの側室は自分より上のランクの側室に敬語ですし、ましてや国母である王妃には、自分の親に対するくらい最敬礼の姿勢で望んでいます。それをないがしろにしたのが、先ほどの張嬉嬪なのですね~ たとえ腹の中では煮えくり返っていたり「自分が王の子を!」と思っていても、表に出しません。これは中宮様たちも同様で、嫉妬は、悪、という考えからのようです。
時代劇の女性の髪形、特に王室関係は華やかで、かんざしや枕みたいのやら?を頭につけてますが、これにもとっても興味がわいて、あれこれ調べたりドラマのなかで話されているのを見聞きしてると、それぞれの立場で飾りの種類も違うんですね(^^)
王室だけでも、例えば、正室だけがすることができるかんざしや飾り、衣装の柄もあります。同じ時代劇で時代も近い「チャングム」の時代とは大きく異なる王室女性の髪形、女官・尚宮もしかり。ぜんぜん違うのですよねぇ、たかだか30年?位の間に。
そういえば、時代考証的に見過ごされたのかどうか分かりませんが、「チャングム」を見ていて知った、正式なお辞儀の作法(ごあいさつ、と訳されています)。女性と男性で違うのですね。この女性が、自分よりも身分の上の方や親に対してする、お辞儀で、両手を額の前に上げてやりますけれども、「チャングム」の中で教育尚宮の言葉によれば「右手を左手の上に乗せて」と何度も指導しています。な~の~に~!、どの時代劇とは言いませんが、手が逆の場合があるんですよね。けっこう見てます。あれは、あいさつをうける相手によって代わることもあるということでしょうか? それともあいさつをしているけれども実はその相手を心の中では馬鹿にしているとか(^^;) そんなに複雑に考えなくてもたんなる作法の確認をする方が見落としたままオンエアされちゃったのかもしれませんが(^^;) 「王と私」でも途中まで逆のメインキャストがいて(苦笑)、話数が進んだ時点で本来の?ものになってましたので、見ていてちょっと安心しました。こういう見方もできるのが時代劇の面白さですね(^^)



あんまり長いので、2回に分けます。
引き続き興味のある方は、お読みくださまし。coldsweats01

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リトル・チャロ@DVD

最終巻(第5巻)が届いてかれこれ2週間。
ようやく、DVDでも完結した映像のまとめ鑑賞が終わりました(^^)
10話づつまとめて見られるので、オンエア時以上の感動を得られます(^^)→まわしもんじゃないわよ

やっぱり大好きだわv
最終回もしんみりじわっと、大人、な終わり方で、改めて感動じわりcatface

特典映像にあった、当初のチャロのデザインとか(笑)
マイケル&シェリーの思い出話とか。
原作者の声とか(^^)
そうそう、そういえば、おまけとして組み込まれていた「登場キャラクター図鑑」に、最終回オンエア後に私が抱いていた謎の答えがありました!!happy01
いやぁ、よかったよかった。

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