王と私@最後の3話まとめ感想
終わってしまいましたわ。全63話。
感想がまぜまぜで前後しますがおゆるしくださいませ。
ラスト3話は、チギョムやト内侍の死、ヨンサン君の暴君への退廃、チョソンの忠臣ぶり、ジャウォンのいかれっぷり、などなど、急展開でした。
特に、チギョムが、王を暗殺しようとして失敗(というか思い直してやめたものの、わざと刀を王のそばに置き忘れしてしまうとこ)、ト内侍の忠臣ぶり、にまいりました。はい。いやぁ、チギョムのグァンリョル氏の素晴らしさに惚れ惚れとト内侍の彼もそうですが、1話からずっと出演していた一人がここでまた去るのか、と感無量。1話冒頭でのチョソン父の謀反体制への裏切りや、そのあとの王の暗殺など、おのれの野心のためにあれこれしてきたのかなと思いましたが、本人がチョソンにわびた言葉にもあるとおり、忠臣か謀反かは、本当、わからないですよね。
体制の側につけば忠臣なのだし。まさにソファへの歴史上の判断と同じ。
最終話で、王に忠言し殺されたチョソンの心を汲んで、大殿前で座り込みをはじめた内侍たちを代表してヤン内膳がいった言葉も真理だなと。「王が賢君になればチョソンは罪人、暴君のままであれば彼は命をかけて国を守ろうとした忠臣と呼ばれるのでしょう。彼を“忠臣”にしたいのですか」という悲痛な願い。
結果的に、彼は忠臣となったわけで。
それにしても反正された場面でのヨンサン君はあんなに素直に従ったのでしょうか?
チンソン大君になら安心して譲ろう、なんて。なんだか悲しいなぁ![]()
まあクーデターを起こされてしかるべき王様でしたので、100%同情というわけにはいきませんが。
あの宴を中座した大妃にさえも裏切られた!なんて思わなかったのかな、なんて。そういうシーンがなかったのでどうだったのか、ちょっと気になりました。
それと、廃位されたあとには、中殿や世子たちとの別れはないのでしょうかね? あのまま流刑ですか? 歴史の上では、中殿や世子たちも廃位(あるいは虐殺)されたということらしいですが、あのまま永遠の別れだったのかなぁと。ヨンサン君も配流先で二ヵ月後に死去とのことですけれども。
さいごに世子時代の子役ちゃん(まさかまた彼を見られるなんて(^^))と若き日のチョソンの「約束」のシーンがあって、ようやくすとんと落ちました。
再三チョソンが「約束をお忘れですか」と王に告げていたのは、このこともあったからなのですね!
こんな伏線が最後の最後にあるなんて!
おそらくは記憶の中の彼らを見送る=ようやく約束を思い出したヨンサン君が、真に忠実だった者を初めて理解し、そしておそらくは反省してもしきれない痛恨の極みであろうこのなりゆきに、泣き伏したヨンサン君の背中が悲しかったです。
最終話は、冒頭すぐにチョソンの忠言虐殺シーンがあったので、最後までがどうなるのだろうと思っていました。彼の死を知ったウォラ&ケドチのシーンが、たまらなく悲しかったです。そしてやはり遺言を残すシーンで大泣きしちゃいましたわ![]()
こういう孝行シーンは韓国時代劇ドラマでは定番なシーンなのでしょうね。
「気立てのよい嫁をもらい、必ず母さんに孫を抱かせて見せます」だなんて。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
そういやケドチさんが宮中(内侍の治療所?だけど)に来たのは初めてよね。
ヤン尚薬さんも第一話からずっと出演されていて、チョソンのもう一人の父親のような存在で、その温かみのある人柄と存在感に救われていたのですが。
思えば物語当初の若かりし時代(笑)には、唯一チギョムに面と向かって物申す、裏心のない人で、そのあまりのまっすぐさに、けむたい人だなぁと思っていたのですが。見続けているうちに好きなキャラクター&役者さんになっていました。
チョソンを見守る目、チギョムに反抗しながらもお互い心から信頼しあっている親友。
チョソン実父よりも正直この方のほうが親友だと思うのですが。
チギョム役=グァンリョル氏の演じ切りは本当に見事でしたね。
ときには冷酷になりきるけれども、愛する人や後輩である内侍たちやチョソンたちへの慈愛あふれる瞳。
ト尚侍との信頼関係。単なる上下関係を超えた魂の結びつきといいますか。
ト尚侍さんは「魔王」でデシクをされたかただとお聞きしましたが、こういう寡黙ながらも真義に熱い男はとくにおにあいかと(^^) 護衛尚侍姿がぴったりでした。
チョソンの尚侍院仲間たちは、もう少し活躍の場がほしかったですね。思い出したようにぽつぽつと集団で登場しては「チョソンに従うよ」といってるだけの印象が後半は強かったです。
グィナム役の方は「魔王」でオム・テウン氏の後輩刑事役だったと聞いてちょっとびっくり(笑)言われなきゃ気づかないわ(^^)
「魔王」がらみでもうおひとり、チョン貴人役の女優さんは、オム・テウン氏演じる刑事の兄嫁役の方でしたね。
話を戻して。
チョソンを自分で虐殺しておきながら、酒を飲んだりついつい気が緩むと「相談したいことがあるからチョソンを呼べ」とことあるごとに口にするヨンサン君があわれで。
王の位について10年弱でしょうか。その間に数々の臣下を自分の手で殺した、その血に染まった己の手への後悔が深まるところは、彼にも良心がのこっていたのでしょうかね。あんなことをしながらも。
夢枕にたったチョソンに「暴君への道を進むのですか! 歴史で“暴君・ヨンサン大君”として後世の人に呼ばれることになりますよ。」という言葉にちょっと驚いたのですが。
いや字幕でそう出たのですから韓国語がわからない私が驚くのも変化もしれませんが、この時点では(ヨンサン君は幽霊チョソンだと思っていますが)「ヨンサン大君」ということは、一応王の直系男子ということですよね。
それはその通りなのですが、歴史上、彼は、王様扱いはもとより直系男子どころか、ただの「王族王子」扱いな「君」称で呼ばれているわけです。ヨンサン君はたとえ王位を廃されたとしても、きちんと「大君」扱いはしてもらえると思っていたのでしょうかね。
変なとこが気になってしまうの。
ラストシーンのまだ30代にならない頃あたりの若いチョソンが、世継王子となったユン(これは母方の姓ではなくて、彼はりっしんべんに隆とかいてユンという名前の王子でしたので)王子を背負って歩いて行くその姿が、たまらなく切なかったです。
ひとつだけ疑問が残ったのですが、エンディングロールの映像で、いつも大雨?の中、われた器が飛び散る様子がありますが、あれはいったい?
てっきりソファが賜薬されるシーンのあとにでも雨でも降ったのかなと。器はそのときの賜薬が入っていた器が、ソファの手から落ちて割れたということなのかしら、と思っていたのですが、本来のシーンでは雨なんて降ってやしませんでしたし(笑)
まぁそういう意味では象徴的ではありますけれども(^^;)
チョン・テウ氏に惚れこみました
いやはや、このドラマを通じて好きな役者さんができました(^)
全体を通して、やはり成宗王がいまいちどっちつかづな印象というか、役者さんの力不足な感じがぬぐえません。
ハンスを演じたアン・ジェモあたりがやってみても面白かったとおもうのですよね。まぁハンスは彼がやってこそのより魅力アップな部分もあったかもしれませんが(^^)
ジャウウォン役の方だってあれだけ憎々しげな役柄、みごとですもの。ジャウウォンは嫌いですが(笑)
どうでもいいけど、この役者さんがどうしても爆笑問題の太田さんに見えてしょうがないったら(笑) とくに目を向いているような表情のとき!
チョン・テウ氏はなにかのひょうしに、ナイナイの岡村さんに見えてしまって![]()
チャスン大妃の女優さんも長い出演でしたね。この大妃さん入宮後からずっとご苦労のしどうしで、このドラマでは友情の深かったソファの息子であるヨンサン君を実子なみに大切に守り育てたのに、聖君にすることはおろか暴君として追放されるような立場にしてしまったことをさぞ悔やまれたでしょうね。いくらそのあとを自分の子が王位につけたといっても、安易に喜べるような状況でも性格でもないでしょうし。
このドラマって、成宗王の前の王様(チギョムに毒殺された王さま)の妃も本当は大妃として宮中にいるはずなのに、存在すら描かれず、彼の兄王子である月山大君も幼少時のみの登場で、その生存すら描かれず、また先代王の息子であるチェアン大君さえちょこっとしか登場しなくて、はしょるにしても、ちょっと(苦笑)
たいして韓国の歴史を知ってない私でも、ドラマの題材となった時代にはこれだけてんこもりな有名な人物がいたことくらいは知っているので、そのあたりの描写もすこし入れてほしかっあなぁと。全部を描くのは到底むりでしょうけれどもね、さくっとでもよいからふれてほしかったな。
いろいろと省かれた有名エピソードはしかたないとしてもね。
ウォラさんもお上手なかたでしたね。「宮」で皇后様でしたけれども、こちらでは祈祷師。最後の老いた姿での立ち居振る舞いが本当にリアルに感じました。
流刑されるヨンサン君と路上で語り合うところにもしんみり。「内侍府長だったキム・チョソンの母でございます」なんて、普通だったら名乗れないですよね。王に殺された立場の人間なのですから。王がすでに王ではなくなっているからこその場面なのでしょうけれども。
それにしても王位をはく奪されたとはいえ、王族である彼を徒歩で流刑地送りとはなんともはや。
あれだけ彼を憎んでいた民衆が、それでも遠囲みでみているところは王への畏敬の念があるのでしょうか。
石つぶての一つでも飛んできそうなものなのに。兵も敬語でしたものね。
歴史上実在した人物であった、チョソン。この王への忠言→虐殺から、彼の名前の文字の使用は最近まで許されなかったとききました。また同じ名前の者はドラマでもあったとおり改名されていますよね。
でも思うのです。
そもそもが、それを命じた(使用を禁じた)王そのものが廃されているにも関わらず、なぜその命令だけが撤回されたなかったのか。
たかが内侍、という扱いだったのかなと思うと、それが「内侍」というものへの世間の見方であったのだなと、思いました。
オ・マンソク氏のこともこのドラマで初めて知りましたが、抑えた演技も立ち居も、素晴らしいなぁと。とくにチビ王子時代のユン王子とのからみは、本当にあたたかくて(^^)
ちょうど実年齢が無理なく生きていたなぁと(^^)
最後まで、人とのつながりや約束について、裏切らなかったチョソンという人物の生きざまに、ドラマの幕切れがたまらなく切なかったです。
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それから、ゆでた?豚肉を白菜と大根やにんじんの細切りキムチで巻いていただく「ポッサム」、ほかもろもろをいただきました。
ひとあしもふたあしも気の早いことですが
「グループを代表して、長年の深い親交があり友人でもある浅利氏の隣でこういう席を持てたことを大変光栄にうれしく思います」、というような挨拶がありました。はまち的感覚ですが、この方の英語、聞き取りやすいですね。もしかして英国圏ご出身かしらん?(^^)
初演はブロードウェイでちょうど50年前。日本をはじめ世界で愛されてきた名作であることは皆さんがご存じ。この作品をロイド=ウェバーがプロデュースすると知り、大変驚き、どういう経緯でこうなったのか尋ねました。すると“子供のころからのあこがれの作品なんだ”ということで。ロンドン公演を見ましたが、とてもメッセージ性の強いものでドラマとしてもよく出来上がったものでした。ロイド=ウェバーの作品は「ジーザス・クライスト=スーパースター」をはじめとして30年前から四季でやっている。ほかにもエビータやオペラ座の怪人など、ほとんどの作品をやっていて、キャッツは今度5000回を迎える。なので本当に友人だし信頼関係を強く持っている間柄だが、この作品(「サウンド~」)は日本ですでにほかのカンパニーが(オリジナル版だが)やっているが、四季がやって版権とか大丈夫なのかと、彼にきいたところ、自分が全てクリアするからやってくれと。
も見るくらい大好きな作品。 イギリスで先日拝見した。役への深みをだして透明感のあるマリアを演じたい」
みんなを包み込めるような大きな愛をもった修道院長を演じたい」
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